無人島に持って行くなら

無人島に持って行くなら、好きな人の写真を持っていく。

何でもデジタル化にできるような世の中では、わざと写真を現像し、保存する人は殆どいなくなるだろう。それに、デジタルカメラのお陰で、誰でも好きなだけ写真を撮れるようになった。それなのに、私にとって映像が映された紙は掛け替えのないのものだ。

昔、ある写真家の「写真は時間の化石」という話しを聞いた。最初父の影響で写真を撮る趣味を持つようになり、撮れば撮るほど、上手な作品が増えていった。時々、ある写真を見て思い出す。まるで、その人の笑顔はまだ輝いており、空気の匂いもはっきり嗅げるようだ。特に母の遺品を片付けていたとき、まだ幼い自分と両親の写真を見つけ、一体記憶とはどういうものなのかと自分に問いかけていた。

また、自分の撮影作品も作っているので、自分の作品を現像し、最も適当な形に展示することも創作活動の一つだ。芸術作品としての印刷方法は普段より非常に難しいし、作成した後の保存も大変で、どんな一枚の写真でも私にとって決してただの紙ではなく、大切にすべきものだ。

だから、もし無人島にいくなら、好きな人の写真を持っていく。旅した場所も好きな人の姿も、勝手に自分のものにすることはできないからこそ、一枚の写真でも常に身につけていたら、まるで自分との繋がりがあったような気がする。写真を通じて、忘れない思い出を証明でき、無人島の生活も寂しくなくなるだろう。やはり実物だけではなく一番大切なのは私たちの積み重ねてきた記憶だ。

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東北の雪の町